気遣いにファンが続々感謝「感動した」大谷翔平の偉業で…敵右腕が粋な“違反行為”
50号を放ったドジャース・大谷翔平【写真:荒川祐史】
(Full-Count編集部)
大谷のカーテンコールを待つために50-50達成直後…バウマンがプレートをみごとに外しました
ドジャースの大谷翔平投手は19日(日本時間20日)【MLB】ドジャース 20ー4 マーリンズ(日本時間
20日・マイアミ) 、「気遣いに感動した ありがとうありがとう」「一流だ」とコメントが寄せられ
た。敵地・マーリンズ戦に「1番・指名打者」で出場して、前人未到の50-50達成時には相手左腕と審判
が粋な計らい。自身初の3打席連発を含む6安打10打点2盗塁で「51本塁打&51盗塁(51-51)」を達成
した。
50-50に王手をかけ迎えた7回2死三塁の第5打席である。。大谷翔平選手はマイケル・バウマン投手
のナックルカーブを左翼席へ打球速度109.7マイル(約176.5キロ)、飛距離391フィート(約119.2メ
ートル)、角度27度の一発を運んだ。。大谷はベンチへ向かって吠えて、喜びを爆発させました。
その後、敵地にも関わらず球場は総立ちで祝福。大谷もヘルメットを取って声援に感謝した。ベンチ
に戻るとデーブ・ロバーツ監督とハグして偉業達成を喜んだ。
地元紙「ロサンゼルス・タイムズ」のドジャース番・ジャック・ハリス記者「オオタニがその瞬間を
味わえるようにした」と称賛していた。その時点で球場のピッチクロックの時間は無くなる寸前だった
が、バウマンはプレートから足を外し、間を取った。審判団もピッチクロック違反を宣告しなかった。
「バウマンも審判もお気遣いありがとう」「バウマンも球審も ありがとうございます!!」と温かいコ
メントが寄せられていた。 この粋な計らいにファンも感謝。
ストーリーズを更新し、台湾代表の世界一を祝福する公式の投稿を引用ドジャースの大谷翔平投手自身
がインスタグラムのストーリーズを25日に更新しました。「ラグザス presents 第3回 WBSC プレミア
12」で優勝したチャイニーズ・タイペイ代表を祝福する公式の投稿を引用しました。
国際大会でチャイニーズ・タイペイは初の世界一に輝いた。5回に戸郷翔征投手(巨人)を攻め、先頭
のリン・ジャーチェンが先制ソロを放つと、それからさらに1死一、二塁の好機をつくってチェン・ジェ
シェンが3ランを右翼席に叩き込んだ。投手陣は侍ジャパンをわずか4安打に封じ込み本塁を踏ませなか
ったのだ。
「大谷くんも見てたんやね」「大谷くんも台湾の優勝を祝福!!!!」「台湾をお祝いしてる」「日本だけ
じゃなくて野球全体の発展を考えてるんだなぁと。大谷の投稿にはファンが続々反応した。超一流なん
よな」「大谷くんストーリーでプレミア12台湾の優勝お祝いしてて紳士だと思ったし無条件に野球界の
繁盛を願ってるんだろうなとか野球が好きなんだな」などといった声がたくさんとあった。
大谷翔平選手は自分のインスタグラムに「Thank you LA」と写真を投稿した。バスの上
からデコピンを抱きかかえる写真や、パレードでファンの声援に応える映像から、ドジャー
スの共同オーナーの1人であるマジック・ジョンソン氏との2ショットなど、真美子夫人とデ
コピンの家族写真などのふうけいがアップされました。
その中でもファンが騒ぎ立てたのが、写真が投稿の先頭に登場しました。バスの上で大
谷翔平選手が笑顔を浮かべました1枚なのだが、優勝パレード中にずっと一緒に隣にい
た真美子夫人が“不在”だった「真美子さん、ありがとう!!」「まみちゃんしか撮れない写
真をみられる幸せ」など、真美子夫人が撮影したのではと“憶測”が広まったいました。ま
た、その中で「いい写真だ」「最高の笑顔だ」「素敵な1枚」などともコメントが寄せられてい
た。
大谷翔平優勝パレードの写真(スクリーンショットがインスタグラムに投稿されました)
大谷は昨年2月に結婚を発表しました。。大谷翔平の真美子夫人は韓国で行われた開
幕シリーズで姿を見せました。
その後も本拠地で試合をやったチャリティイベント「ブルー・ダイヤモンド・ガラ」に揃って登
場しました。オールスターのレッドカーペットでも仲睦まじく夫婦で登場して、地区優勝の
後はフィールドで写真撮影する場面も話題を呼んでいました。。
大谷翔平選手は投手と指名打者両方(または外野手)を兼任する二刀流の選手である。こ
れは、アマチュア野球ではよく見られるのであるが、プロ野球では非常に珍しいスタイル
でリーグ創成期を除くとほとんどの選手は投手又は打者のいずれかを選んだ。アメリカの
ベーブ・ルースは、その打撃への期待から一時期などは登板しない日に野手で出場しまし
た。それから、じきに野手に専念するようになった。
最近の日本では遠山奬志や嘉㔟敏弘がチーム事情などによって二刀流に近い起用があった
程度である。MLBでも大谷とブルックス・キーシュニックは同世代のマイケル・ローレン
ゼンが知られるぐらいだが、投手として1シーズンにわたり打者としても活躍して、規定
打席・規定投球回を満たしてタイトル争いに絡むような例は無かったようだ。
後に栗山英樹は、北海道日本ハムファイターズの監督となる遊撃手としてプロ入りしまし
たが、投手としても大学時代に活躍していました。2011年は、当時高校2年だった大谷を
キャスターとして取材する。
2012年春の選抜では藤浪晋太郎から本塁打を放つなどして、野手として期待が多いに高か
ったのだ。それから夏の地方大会では160キロを記録するなど投手としての才能を発揮し
て片鱗も示した。それからまた、大谷翔平選手は自身も野手か投手どちらに専念するかプ
ロ志願届前には決めていなかったようだ。
日本ハム内でもドラフトに向け山田正雄GMを中心とした会議がおこなわれた。なお、こ
の山田正雄GMもプロ時代に投手と打者の両方で出場を経験しています。会議の中で、大
谷は投手と打者どちらかにはこの場では直ぐに決められないという考えが球団内で自然に
出始めました。
大谷翔平との交渉の中でドラフト会議後日本ハム側は二刀流の方針を示しました。のメジ
ャーリーグの球団は複数すでに交渉していました大谷翔平選手なんだが、当初は「自分に
はそんな考えは思ってもない」と驚きつつも懐疑的であったと言う。
大谷は日本ハムへの入団会見で、2012年12月25日に、だんだん「アメリカで長くプレイ
するためには最初から行った方がいいという考えが徐々にそこから変わってきた。二刀流
も僕自身は今までは考えてはいなかったんだけれども、栗山監督に『今現実には誰も歩い
たことのない道を歩いて欲しいんだ』と言われましたことが決断の決め手となりました」
「どちらにしても、でも頑張りたいです」と大谷翔平選手は二刀流への挑戦をそこで、表
明しました。
(Full-Count編集部)
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